中国語には「道德綁架」という言葉があります。経緯は最後に述べますが、あるニュースをもとに友人と議論しているときに、僕はそれは単なる「道德綁架」だと思うと伝えようとするときに、「道德綁架」の日本語はなんと言うんだろうと
わからないことがわかったので、「道德綁架」の日本語訳を調べることにしました。
「道德綁架」を直訳すると?
「道德綁架」を文字通りに直訳すると
- 道徳拉致
- 道徳誘拐
- 道徳的拉致
- 道徳的誘拐
になってしまいますが、「拉致」と「誘拐」は厳密的に異なっており、中国語での「綁架」は日本語でいうと「誘拐」ではなく「拉致」なので、2と4は消えます。
また、「道徳を綁架(拉致)」するのであって、「道徳」は「綁架」を修飾しているわけではないので、当然に3と4は消えます。
そうなると、「道徳拉致」になってしまいそうですが、ググってもこの熟語はヒットしません。
どういう場面に「道德綁架」を使う?
「道德綁架」を意訳ですと、他者に自分と同じ道徳的価値観(もしく道徳観)を強いることにはなりそうです。
例えば、
衛生面の観点から当日中に売れなかった弁当を全て廃棄するお店があるとします。食品ロスという理由から弁当の廃棄を「悪」であると考える太郎さん(誰だか知りませんが)が、お店を批判したり、「ホームレスに配るべき」などを押し付けたりするとします。
これが「道德綁架」です。
要は、「廃棄するのではなく、ホームレスに配るべき」という道徳的価値観を、思っているのではなく、他人に押し付けようとするのが「道德綁架」です。
あるいは、路上生活をしている人にお金を差し出すことが「善」だと考える人が、そうしない人を批判することも「道德綁架」です。
そもそも何が「善」なのか、何か「悪」なのか、「道德綁架」の道徳は何なのかは、非常に深い話なので、また別の記事でそれに考えを巡らせるとします。
ということで、
他者に自分と同じ道徳的価値観(もしく道徳観)を強いること
になりますが、4~5文字からなる熟語を使った方がカッコよかったりするので、もう少しリサーチします。
道德綁架の英語訳は?
道德綁架の日本語訳を検索しても、何もヒットしませんでした。
こういう時は、単に検索する人が少ないから、そういう記事が存在しない場合もあれば、単純にオンライン辞書がサボっている場合もありますが、いずれにせよ、まずは英語訳を探してから、その英語訳を手掛かりに日本語訳を焙り出すというアプローチを取ります。
Moral High Ground
中国語で「道德綁架」の英語訳を探した結果、主に3パターンがあるようです。その一つが「Moral High Ground」です。面白いことに、「Moral High Ground」を検索しても、それらしき日本語訳が出ておらず、英語のWikiPediaがグーグルに翻訳されている情報が表示されています。
倫理的または政治的用語での道徳的高みは、道徳的であり続けるために尊重され、世界的に認められた正義または善の基準を順守し、支持する状態を指します。軽蔑的な文脈では、この用語はしばしば独善の立場を比喩的に説明するために使用されます。
https://en.wikipedia.org/wiki/Moral_high_ground
ニュアンス的には近かったりするのですが、イマイチ「強いる感」がないですよね。
Emotional blackmail
同じく、英語のWikiPediaの情報しかありません。
感情的な恐喝とFOGは、心理療法士のスーザンフォワードによって広められた用語であり、人間関係において人々をコントロールすることと、恐怖、義務、罪悪感は、コントローラーとコントロールされる人との間のトランザクションのダイナミクスであるという理論についてです。
https://en.wikipedia.org/wiki/Emotional_blackmail
「Moral High Ground」の場合、グーグルはよく訳してくれたのですが、どうも、Googleは「Emotional Backmail」をうまく理解していないようです。
原文の方が人間にとって理解されやすいので、一度下記のリンクよりご確認ください。
Moral Coercion
最後に、「Moral Coercion」ですが、なんと英語のWikipediaページすらありません。Coercionは、威圧、強要を意味するので、「道徳を強要」は割と意味が近いものの、如何せん、この言葉が存在していること自体がやや怪しいです。
ChatGPTに聞いてみる
ちなみに、ChatGPT(GPT4)に聞いてみたところで、
日本語訳は「道徳的人質」である
だそうですが、これをググっても一つもヒットしません。

実際に「道徳的人質」という表現をよく吟味すると、既に述べたように、「道徳を綁架(拉致)」するのであって、「道徳」は「綁架」を修飾しているわけではないし、「人質」自体も名詞であり、「拉致」感も「強いる」感も全くありません。
「道德綁架」の日本語訳をもう一度考えてみる
最後に、この3つの英語訳を日本語訳にして、検索してみることにしますが、「Moral High Ground」の日本語訳が存在していないため、「道徳的強制」、「感情的な恐喝」を検索して、ヒットする結果数を比較することに。
ただ、Googleが賢くなったせいで、あまり意味をなさなくなりました。
というのも、一昔前、検索結果ヒット数=その言葉が使われている回数でありましたが、今現在では、Googleが言葉の意味を理解できるようになったおかけで、仮に完全一致しなくても、何かを吐き出してくれるようになったからです。
なので、ヒット数を鵜吞みにせずに、検索結果を精査する必要があります。
実際に、「道徳的強制」、「感情的な恐喝」を検索し、精査したところで、「感情的な恐喝」は出ておらず、「道徳的強制」は2箇所ヒットしました。いずれも学術論文になるので、ここでは詳細を割愛しますが、ただ使われている文脈からすると、やや「道德綁架」とは異なると感じます。
番外編:「道德綁架」の日本語訳はモラルハラスメント?
一部のネット記事やブログ、Yahoo!知恵袋では、「道德綁架」の日本語訳はモラルハラスメントだと説いていますが、不正解です。
モラルハラスメントは、「道徳や倫理に反した嫌がらせ」であり、「(自分の)道徳観や道徳的価値観」を武器に嫌がらせしているわけではありませんので、「道德綁架」とモラルハラスメントとは、全く異なる概念となります。
意味を精査せずに「モラル」という語彙に釣られてはいけません。
「道德綁架」の日本語訳が存在していない理由
「道徳的強制」か「道徳拉致」になりそうでしょうけれども、そもそも、日本語には「道德綁架」に対応する言葉はないでしょう。
言葉という形で表している概念は文化の実態をも表しているので、確かに概念が存在していないとはいえ、それが起きていないとは言い切れないものの、一つの実態が反映されているように思えます。
要は、日本であまり「道德綁架」のような行為は起きていないということでしょう。
例えば、電車の中で、優先席に座っている人に「席を譲れ」と要求するシチュエーションで考えると、自分のために要求しているケースも、他者のために要求しているケースも、ほとんど見かけないのも、頷けます。
「道德綁架」の日本語訳を考えるようになったきっかけ:ウクライナ戦争
なぜ、「道德綁架」の日本語訳を考えるようになったかと言えば、この記事を執筆している2022年8月22日は、ロシアのウクライナ侵攻から半年経った時点であり、テレビを始めとした各メディアでは、「日本はロシアを制裁していない」と批判するウクライナ人が頻繁に登場するようになりました。
程度はどうであれ、日本は実際に経済制裁を行っているという事実は置いといて、日本にロシアへの制裁を強いることは、まさに「道德綁架」でありましょう。
こう例えましょう。
電車の中、凶器を持ったRさんがUさんに攻撃しているとします。周りの人の中には、実際に止めに行く人もいれば、「暴力はやめてください」と声に出す人もいます。
警察に通報する人もいれば、安全のために子どもやお年寄りたちを非難させている人もいます。
しかし、Uさんは、「ありがとう」とお礼をいうこともなく、止めに来ていない人に向かって「なぜお前らは止めに来ないのか」、「お前らも加勢しろ」と批判し始めます。
加勢しないのも、止めに行かないのも、きちんとした理由はあるのに、批判される筋合いは明らかにありません。
現に、程度はどうであれ、日本は経済制裁をしているし、民間レベルにおいても、ウクライナ人の難民を受け入れている企業もいます。にも関わらず、更なる制裁を強要(お願いするのではなく、強いる)するとは、僕の日本語の使い方が間違っているかもしれませんが、恩知らず、厚かましいとしか言いようがありません。
と考えると、「道德綁架」の日本語訳は、「厚かましく恩知らず」になってしまうかもしれません。


コメント